平成29年5月、「民法の一部を改正する法律」が成立しました。令和2年4月1日が施行日ですので、この日以後に締結した賃貸借契約に改正法が適用されることになります。
民法の「一部」を改正するとなっていますが、百二十年以上続いた現行民法の考え方を大幅に変更する大改正です。
この改正法は賃貸経営にも大きく影響しますので、これから3号連続で解説していきます。
具体的には、
「保証人の責任制限」
「敷金の範囲・返還時期や原状回復費用の明確化」
「賃料の支払時期の回答義務」になります。
まず、「保証人の責任制限」について解説します。
▼保証人の責任制限(経緯)
改正法が賃貸経営に最も大きな影響を与える部分は、保証人の責任制限に関する事項です。
そもそも、現行民法では、連帯保証人は原則として債務者本人と同等の責任を負います。賃貸借
契約は双務契約(契約当事者双方が債務を負う契約のこと)ですので、賃貸人は貸す債務を負い、
賃借人は賃料を支払う債務と目的物をきれいに元に戻した上で返す債務
(これを「原状回復義務」といいます)をそれぞれ相互に負担します。
賃貸人にとっては、賃借人が賃料をきちんと支払ってくれるかどうか、目的物をきれいに元に戻した上で返してくれるかどうかは非常に重要な意味を持ちます。
そのため、賃借人に連帯保証人をつけ、これらの債務の履行に万全を期すことになります。
▼現行民法における保証人の責任制限
現行民法では、連帯保証人は原則として債務者本人と同等の責任を負うため、賃借人の連帯保証人は、賃借人が死亡した後も目的物がきれいに元に戻した上で返されない限り責任を負い続けます。
具体的には、目的物が返還されるまでの損害金(通常は賃料と同額)、目的物をきれいに元に戻すためにかかった費用(原状回復費用)等を支払わなければならない義務を負うことになります。
賃借人が賃料支払義務と原状回復義務から逃れることができないのと同様に連帯保証人もまたこれらの義務から逃れることはできないのです。
また、連帯保証人の相続人は、その相続分に応じて連帯保証人の責任についても相続すること
になります。連帯保証人の相続人は連帯保証人の責任から逃れることができませんが、これも
賃借人の相続人が賃借人の責任から逃れることができないことと同じです。
このように現行民法は連帯保証人を債務者本人と同等の責任を負う者として扱ってきましたが、他方で連帯保証人やその相続人にとってみれば、保証はしたものの所詮は他人の債務のことであり、債務者本人と同等の重い責任を負担させられるのは酷であると感じられることもありました。
法律にはその時代に応じた価値判断が反映されます。現行民法が制定された百二十年前の日本における価値判断は「保証人は債務者本人と同等の責任を負うべきだ」というものでしたが、現代日本における価値判断は「個人の第三者保証人は認めるべきではない」というものに大きく変わりました。
その結果、改正法では保証人の責任が大幅に制限されることになったのです。
▼改正民法における保証人の責任制限(極度額)
改正民法では連帯保証人の責任について、次のとおり制限しました。
極度額を契約書に明記しないときは保証契約そのものが無効
借主か保証人のどちらかが死亡した時点で保証債務の元本が確定
保証人に対する借主自身の信用情報の提供義務を課す
まず、極度額とは、「保証人が負担する可能性のある金銭債務の最大額」のことです。
現行民法は連帯保証人は賃借人と同等の責任を負担することを当然の前提としていたため、このような規定はありませんでした。
つまり、連帯保証人は、原則として、賃借人が支払義務を負う金額と同額の支払義務を負うことになります。
これに対して、改正法は「個人の第三者保証人は認めるべきではない」という価値判断に立つため、連帯保証人の負担額が無限定に拡大することを防止するため、極度額を契約書に明記しなければ保証契約そのものを無効にするという極めて強い規制を設けたのです。
(この規制は、連帯保証人が法人=保証会社であれば対象外です)
▼施行日前後の注意点
改正法の施行日は令和2年4月1日ですから、令和2年3月31日までに賃貸借契約を締結すれば現行民法が適用されます。
▼更新契約の際の注意点
では、令和2年3月31日までに締結した賃貸借契約が令和2年4月1日以降に更新されたとき、適用される法律は現行民法と改正法のどちらでしょうか。
もし改正法が適用されるとなると、更新契約書に極度額を明記しなければ保証契約が無効になる可能性があります。
実はこの点については弁護士の中でもまだよく分かっていないのが実情です。
ただし、法務省民事局(改正法の立法担当部局)は、「改正法が施行された後に賃貸借契約が更新され、更新契約書に連帯保証人が署名押印することで新たな保証契約が締結されたといえるときは改正法が適用される」という見解を明らかにしています。
この見解によれば、「保証人が更新契約書に署名押印することで新たな保証契約が締結された」と評価されてしまうと、更新契約書に極度額を明記しない限り保証契約は無効となり、更新後は連帯保証人がいなくなってしまいます。
法律を解釈適用する権限を持っているのは裁判所ですが、裁判所はその際に立法趣旨(立法担当者の意図)を重視します。
立法担当者である法務省民事局がこのような見解を明らかにしている以上、実務の運用が固まるまでの当面の間は、更新契約書を作成する場合、連帯保証人には署名押印させずに賃貸人と賃借人だけが署名押印する形式にすべきです。
連帯保証人に対しては、「令和●年●月●日付で貴殿が連帯保証している賃貸借契約を更新しましたので、その旨をお知らせいたします。なお、更新後の賃貸借契約にも更新前と同様に貴殿の連帯保証人としての責任は継続することを申し添えます。」といった手紙を出しておけばよいでしょう。
(元弁護士Y)
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