前回は、値上げ前の旧賃料を支払い続ける賃借人から値上げ後の新賃料の支払いを受けるためには賃貸人から調停の申立てをするしかないということをお伝えしました。今回はその解説になります。
▼調停の申立て
調停とは、調停委員(民間有識者から委嘱された者。法的に難しい案件に備えて弁護士が委嘱されることもあります)が申立人と相手方を裁判所に呼んで交互に事情を聞き、話し合いがまとまれば調停条項を調書にするというもので、調停調書には確定判決と同一の効力があります。
▼民事訴訟の提起
しかし、話し合いがまとまらなければ調停は不成立となるため、申立人としては、家賃増額を諦めるか、あるいは民事訴訟を提起するかを選ぶことになります。
調停であっても訴訟であっても、争点となるのは「家賃として相当なのは旧賃料ではなく新賃料である」という点です。
この点に関する主張立証責任は賃貸人の側にありますので、賃貸人の側で根拠資料を集めて裁判所に提出する必要があります。ここでいう「主張立証責任」とは、主張立証に成功しないと争点判断において不利益を受ける、すなわち本件で言えば「旧家賃は家賃として不相当ではない(家賃増額は認められない)」という結果になります。
▼家賃増額根拠が重要
問題は根拠資料を集めることがとても難しいという点です。というのは、建物は極めて個性的であり、その家賃は、立地、築年数、内装や設備、リフォームの有無などの諸条件が反映された需給要因によって左右されるからです。
近隣の家賃相場は確かに重要資料と言えますが、本件物件に無条件で妥当すると言ってみたところで裁判所は受け入れてはくれません。民事裁判で判決を求めるのであれば、裁判所が委嘱した鑑定を経ることになりますが、鑑定費用は主張立証責任がある賃貸人が負担するのが実務慣行、賃貸人が鑑定費用を予納したことを確認した後に裁判所は鑑定を委嘱します。鑑定費用は最低でも30万円は見ておく必要があり、物件によっては100万円を超えるケースもあります。
これに対し、話し合いでの解決ができる調停段階であれば、通常は鑑定をすることはありませんが、家賃増額が相当であることを調停委員に納得してもらう必要がありますので、説得力のある私的鑑定書を用意しなければなりません。
不動産管理会社に物件管理を任せているケースであれば不動産管理会社が用意してくれることもありますが、そうでなければネット等での公開情報に基づいて自力で用意するしかありません。これが非常に大変です。
ただ、家賃増額をしたいと思うからにはその理由があるはずですから、できるだけ多くの根拠資料を添えてその理由を書面にまとめ、できれば事前に弁護士相談をしてその書面をブラッシュアップし、できる限りの事前準備をした上で賃借人との任意交渉に臨むべきでしょう。
いずれにしても簡単ではない家賃の値上げ、きちんとした根拠を持って借主と交渉する必要があるといえます。
元弁護士Y
Comments